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30日
「ゲルマントの方へ 2」、やっと読み終わりました。
二年前の夏から一年半以上掛かったことになります。
これからは一ヶ月で一冊一巻のペースで行きたいところですが
個展前はちょっと無理でしょう。
でも年内には完遂したいです。
来月からは「ソドムゴモラ1」に入ります。
旧約聖書のあのソドムですから自分の「趣味」とは言えませんが、
しかし、この難書はここにきて少しずつその価値を示して来ました。
ただ難解なだけだった「ユリシーズ」とは違い、
制作の道標となっていく予感がします。
日本のある有名な画家が自分の制作を
プルーストの言葉・思想との関係で説明していて
それを記憶では誤解だろうと思っていましたが
今日、画家の言葉を読み直してみると、
私がそう思うのは傲慢で、
多角的なアプローチがあってしかるべきだと考え直しました。
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25日

鎌倉・北鎌倉と取材で周り
手応えとして二三枚位絵にできそうな感じです。
上は最後に寄った円覚寺の木彫り。
花粉症の季節に入ってから
車と建物の中でばかり生活をしてましたので
世間というものと久しぶりに交わった気がします。
観光地と言うこともあるのでしょうが
デジカメを持った人の多さにビックリ、
手ぶらの人を探す方が難しいですね。
外国の方も景色・人間とお構いなしにバシャバシャやってました。
自分もカメラを向けられムッとしましたが
彼ら自国での対応のように
「何をするんだこの野郎!」と
言ってやれないのが少々情けないです。
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21日
バラの新作もやっと軌道に乗ってきました。
今日は地塗りの上に少し色を載せ
筆運びが惰性となる前に一息です。
手付かずだった風景画は
天気予報と花粉状態を探って取材の予定を組み、
今週末は三浦半島を彷徨います。
十年近くノロノロと読んでいる「失われた時を求めて」も
本気で読破する気になりました。
特別な読書の時間なんて何処にも取れませんから
生活の中での小さな時間を継ぎ接ぎして何とかします。
現在六巻目の終わり、
フェルメールの絵も再び出てきましたし、
あと三巻後には世界でもっとも美しいと言われたその風景画の前で
小説家が息を引き取るはずです。
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18日
「日々の素描」なんて始めたものですから
サブサーバーの容量が足りなくなって
より安い大容量のサーバーを借りました。
それで昨日
絵日記の過去ログ第一集とまだ少ない日々の素描、
それから大量のPDFファイルの引っ越しを一日掛かりでやることになってしまい
今日は少々寝不足です。
しかし、サブサーバーの容量が十倍になりましたから
一冊分しか置けなかった電子出版物も多数アップできます。
それで早速、個展カタログと入れ違いに外したデッサン集「彼岸のあとさき」、
再び設置しダウンロード再開です。
人物油彩F6号、上記のように描き始めました。
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15日

忘れられない話に、
さる有名なゴルファーが
自分のスイングを客観的に分析し
ひとに説明できるようになった途端
スランプに陥ったと言うのがあります。
辻褄の合わない制作スタイルには
自分でも戸惑うものですが
言葉では置き換えられない何かがあるのだと
無理矢理信じている方が
見失っているものが少ないと思います。
沈黙すべき内容に耐えられず
若い頃は随分失敗しました。
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9日
高校時代、美術の先生に「手」が上手いのは誰ですかと聞いたら
セザンヌの名が一番に上がってきました。
そのセザンヌが描く手は意味を持ったポーズとしてよりも
まず絵画上の形として見えてきます。
近代以前のレンブラント等に見られる感情表現や
宗教画における象徴表現とは明らかに違います。
「手」は時代・社会を超える普遍的造形要素として
近代画家によって再発見されたとも言えます。
その思想が今では
絵画クラブ・モデル撮影会等のポーズにすら典型的に現れ
ステレオタイプ化しています。
絵画・写真の形のためのポーズ、
もっとハッキリ言えばポーズのためのポーズ。
それこそ紋切り型「前衛→アカデミズム」の構図で
表現の行き詰まりでしょう。
でも、セザンヌの呪縛から離れるために
レンブラントへ戻れば良いというものでもなく
それは画家ひとりひとりの課題です。
自分はと言えば、
手を用途に従ってデザインされたものと考え
その役割を果たそうとする時
美しい形を表すように感じています。
余談ですが学校で、
「手」を描くコツはと聞かれると、
「モデルを見ないことだ」と答えたります。
デッサンの授業での決まり文句は「実物をよく見ろ!」ですから、
誤解されないのは難しいでしょう。
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5日
モデルにポーズを付ける時、
手の扱いは難しいもので何時も悩まされます。
今回も苦労しましたが
きっかけは掴んだと思っています。
手の形の出口ばかり見ていたようです。
もっとも入口が分かっても、
もう同じようには入れませんが。
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3日

先週、モデルが風邪でダウンし、
蕾から描いていたバラの花は咲かずに萎み、
杉花粉のこともあり風景取材の機会もつかめずにいます。
しかし、モチーフ派の画家は覚悟が必要
アクシデントとチャンスは同じもの
避けていては得られません。
画家より遙かにモチーフに左右される写真家だったら
宗教に走るところです。
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