12.29 稲村ヶ崎
 先週、稲村ヶ崎の公園で昼食を取っていました。絶好の行楽日和で多くの人出で賑わっていましたが、ポツンと空いたベンチがひとつ、ラッキー!とコンビニで買ったカツサンドを広げ一口食べると上空からバサバサと掠め来るものが。次の瞬間、カツサンドは上四分の一が消えていました。
 トンビの急降下攻撃を受けたのです。私のエサはまだ大半が残っていたのですが、「トンビにワシづかみ」にされたサンドはもう食べる気がしません。こちらは昼食を失い、トンビの方もしっかりとカツサンドが握られていたためパンを崩しただけで何も得られなかったと思います。
 争いの結果は双方に悔しい思いだけをもたらしたようです。今年最後は柄にもなく反戦平和で締めでしょうかね。気力が余っていたら何か新年の更新をします。
12.25 ごくらくじ
 忙しい、ひょんなことで始めてしまった大掃除が原因。大掃除なんてここ数年、いや十年以上なかったかな、象徴的なのは長年敷きっぱなしだった絨毯を剥がしたことで、場所によっては20年分の埃が積もり、見ただけでアレルギーの自分は気持ち悪くなりましたよ。
 でも、始めたからには行くところまで行く、生活スタイルに変更を要するレベルの模様替えを実行、大型テレビ、ステレオラック、ビデオラック、CDラック、これらを部屋から追放すると、なんと、物をなくしただけでリッチな気分。ベットに寝そべり部屋を見渡すと本当に金持ちになったかのようです。
 時間と空間、これもまた財産、豊かさのバロメーターなんでしょう。大型テレビ等は単に部屋から出しただけでなく所有権も放棄しました。
12.20 初積雪
 新しいソフトの習得を始めました。専門学校のアナログ実習から2D・3DのCGまで総ての教育課程を把握するのに欠けていた3DCGを開始。ベジェ曲線の扱いがイラレと少し違うので戸惑いました。
 こんな天気ですが、明日から取材に出かけます。今回は風景画のネタ探しと言うより人物画のイメージ発酵、来年の春から制作予定の少女物シリーズを資料撮影しながら考えます。「帰郷」シリーズをもっと自然な形で発展させて行きたいですね。自分の精神の根っこには文学や神話よりも大衆的なものが詰まっているようですし、その方向でを付きますよ。(その少女役の第一候補がこのサイトを見ているとか、その時が来たらよろしくね!)
 最近見た映画から、「想像力の代償は恐怖である。」(ハンニバル・レクター)、ビューティフル・マインドでは天才数学者が幻影に苦しんでいました。何の疑問もなく芸術を人に勧めるお目出度さが羨ましいです。
12.15 アトリエの窓から
 これから年末にかけて大活躍予定だったプリンターが壊れてしまいました。印刷が少しずつ汚くなってきていて、いつかは調整に出そうと思っていたんですが、今度はカラーインクを認識せず印刷不能に。
 数年前のメーカーによる修理サービスのペースを考えて、修理に出せば年内復帰は無理、既に性能もベストではないので買い換えかと諦めムード、しかし、やっと繋がったサポート電話で最短3日と分かりホッとしました。
 このサイトの裏ページを使っても出来ることですけど、写真を大いに参考にした人物習作CGと記憶を元にした新作ポートレートCGを拡大比較してみました。後者は記憶で描けない所が別物になってしまうのに対して、総てそれなりに描いてある写真をベースにした方は虚偽を感じますね。それは芸術のとは違うものです。
12.10 久々のインスタント絵画
 「ダロウェイ夫人」を読んでます。本を注文した後、ジョイスの「ユリシーズ」と比較される云々の紹介文を発見したときはゾッとしました。また、あんな文章を読まされるのかと、、しかし、そんなには読み辛くなく、映画「めぐりあう時間たち」に繋がる所も多いので順調に進んでいます。
 CGの新作をアップしました。今回思ったことは、直接描写か記憶かということよりも、絵具や鉛筆で描くのと比べて簡潔さが大切だということです。時間を掛けて質感をシミュレーションしていく方向でなく、そぎ落とした表現で暗示していくべきでしょう。
 いま授業で色彩演習をしていますが、その作例をパソコンで作りプリントアウトして掲示しました。生徒はそれと同じ演習をパソコンでなく絵具でやるわけです。やってみるとスケッチブックに塗られる色彩は作例より遙かに強く美しく輝いて見えます。絵具はぺんてるマット水彩、主に小学生が使うもの、絵具としては最低ランクでしょう。
 一方、2年ほど前、プリントアウトしたCGと油彩、それも自分の中ではできの良いものです、これを並べてみてほとんど差を感じずショックを受けたことがありました。これはどういうことでしょう?
12.6 Macで絵を描く机
 資料無しでろくな絵を描けないのは力不足があからさまでイヤだけど、それをプリントアウトしてさらに見窄らしくなるのは、機械の性能故といってみてもガックリくる。鑑賞に堪えうるCGプリントを作るには余程の実力と経済力が必要かもね。
 「めぐりあう時間たち」を見ました。制作者は難解と思って作ったのかもしれませんが、かえって変な解りやすさを感じました。でも翌日、「ダロウェイ婦人」(原作ではなくヒロインの著書)を注文したくらいですから嫌いな訳じゃないです。
12.4 皺の練習
 実物にも資料にも頼ることなく、記憶と想像力で絵を描く。自然に現実的に、そして絵画的に。結果、惨憺たる内容の作品しかできない。実写の素描で見るべき所を見ていないせいだろう。目の前にモチーフがあれば「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる。」
 なんの慰めにもならないけど、そんな風にして描かれた良い作品を身近に見たことがないです。目差している人もほとんどいないでしょうが。
 最近、給油中のGSや、銀行で週刊誌を捲ることがあり、ヘタウマ系ではない絵画風の小説イラストを見ていて、昔、画家には描けない達者な描写に感心したのを思い出しました。ダメですね。もう上手いとも思いませんよ。一流のイラストレーター以外見る価値ないです。
12.1 油壺沖
 大竹まことが好きで、シティボーイズ時代(別に解散したわけでもないのかな)からのファンですよ。結構前のことですが、識者ぶって勘違いしている芸能人が選挙制度云々ともっともらしいことを言ってた時に「参議院なんていらねぇじゃねぇか!」と呆れて見せたり、今日は、教育問題で「90%のやつは勉強なんて嫌いだろー!」と叫んでましたね。
 所謂インテリとか知識人とか呼ばれる人と違って勉強嫌いでほとんどした経験がありません。記憶力がなく理屈が苦手、だから出来ることは「訓練」。象徴的だったのは学生時代、英語の勉強をする気になれないので英文タイプの練習をしてましたよ。頭は働きませんが手を動かすのは好きですから。不器用なので好んでいても得意ではないですけどね。
11.29 皺
 昔、中島みゆきのに惹かれました。今、桑田佳祐のが気に入ってます。プロのクリエーターはこんな風に嘘をつかなくちゃね。
11.27 サーファー記憶に無し
 人間、最後の時を考えれば大切なのは思い出、記憶です。で、持論として記念写真は撮らない、旅行にカメラは不要(仕事ではやたら使いますけど)、目をつぶり甦るものこそ宝、そんな悟ったような生意気を言ってます。
 映画「海辺の家」、末期ガンの男にかつての妻は息子の幼い頃のビデオを見せます。臨終のベットに載るビデオカメラ、その液晶画面、どうなんでしょう?意図的か画面は不鮮明でした。
11.26 他人の手を借りて描きました。
 少し前、絵を描く象が話題になりました。残念ながらサインは人間の手によるもの、それも象の鼻だったら象使いの一流写真家並の根気に感心したんですがね。
 そのサインを見て連想したのが写真独特のキャプション、NIKON F4 28〜70mmF2.8とか付くやつです。今は昔、「サンタフェ・宮沢リえ」を撮ったのは、篠山氏ではなくディアドルフ(8x10大型カメラ)君だったのですね。
 象さんの絵は競りに掛かって売れてました。羨ましいです。実はうちのMac君も絵が描けまして、このホームページで発表してます。誰か買ってくれないかな?
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